明日より開催の「未来への遺産:写真報道の理念に捧ぐ」展は、1967年、ニューヨークのリバーサイド美術館にて行われた展覧会“The Concerned Photographer”がベースとなっている。同展は、ロバート・キャパ実弟のコーネル・キャパが、アンドレ・ケルテス、デイヴィッド・シーモア、ロバート・キャパ、ワーナー・ビショフ、ダン・ワイナー、レナード・フリード、6人の作品によって構成したもので、1968年に同名の写真集が出版されている。後のニューヨークの国際写真センター(International Center of Photography、以下ICP)の設立とも深い関わりを持つ展覧会だ。
現在、65歳以上の方は、この展覧会が日本で、1968年に「時代の目撃者 コンサーンド・フォトグラファー」と題され、銀座の松屋にて開催されたことをご存知、さらには実際にご覧になったという方もいらっしゃるのではないだろうか。 当時、コーネル・キャパの命を受け、東京での展覧会をコーディネートしたのは、写真家・久保田博二氏であったが、このことは次回に触れたい。
<プリントはオランダで発見された> 本展の展示作品は、2点を除いて全て当館の収蔵作品で、写真集“The Concerned Photographer”の印刷原稿となったプリントだ。そのいきさつをご紹介しよう。
1997年、海外のディーラーからK・MoPAに連絡が入った。「The Concerned Photographerの写真集に印刷原稿として使用されたプリントが、まとまった形で見つかった。」という。早速細江館長とともにその詳細を調査した。カタログに収録された作品は全174点で、残念ながら13枚は紛失していたが、161枚が揃っていた。多少の折れなどはあるものの、コンディションは良好。 同写真集が印刷された当時は、原稿となるプリント(写真原稿)を、印刷後に写真家に返却するということが厳密に行われてはおらず、また、プリントそのものがコレクションの対象として売買されるという市場感覚も未だ確立されていなかった時代である。本来なら印刷後すみやかに著作権者の手元に戻るべきプリントが、印刷会社に残ったまま30年が経過し、モノとしての所有権が移ってしまったのである。 カタログの発行者は、ニューヨークの出版社グロスマン(Grossman)で、印刷は、オランダ・ライデンのNed. Rotogravure Mij.N.V.によるグラビア印刷である。グラビア印刷とは、写真の階調を力強く再現する印刷方式で1950?60年代はまさにその全盛期だった。セルと呼ばれる小さい凹型のくぼみをシリンダーに刻み込み、そこにインクを入れて転写する。印象としては、現在のオフセット印刷に比べるとコントラストが高くなってしまうため、暗部の細かいディテール表現は少々劣るものの、ドラマチックな印象と、こっくりとした暖かみのある風合いを感じることができる。この時代には、グラビア印刷によって、濱谷浩の『裏日本』など多くの名作が生まれている。
<収蔵までのプロセス> 収蔵を検討するにあたり、これら6人の写真家の代表作が数多く含まれているこのコレクションが、非常に魅力的であることは疑う余地がなく、収集委員会でも満場一致で承認された。しかし、プリントの所有権について、モノとしての所有権と、著作権の所有権という二つの点において、慎重に整理する必要があった。当時ICPの名誉館長はコーネル・キャパであり、存命だったことも大変幸運だった。ICPの法務担当が仲介を務め、弁護士とも相談しながら、すべての写真家の遺族や著作権者(エステート)全員と交渉し、収蔵や展示に関わる条件がまとまった。そして、ICPから各エステートに「“The Concerned Photographer”にとって価値あるセカンド・ホーム、二番目の家が見つかったことが大変嬉しい」と書かれたICPの書面とともに契約書が郵送され、両者のサインが終わって、1998年、作品はすべてK・MoPAの収蔵となった。当時はまだメールの時代ではなく、約1年にわたりFAXでのやりとりや、夜中の国際電話、そしてICPまで出向いたこともあった。開館20周年にあたる本年、ついにその全貌を初めて公開することができる。写真家たち自身が、フォトジャーナリズムの新たな舞台の扉をこじ開けた記念すべき展覧会だ。