名川明宏写真集「時空間の粒子」
昨年10月、名川明宏(1971)の写真集「時空間の粒子」(冬青社)が出版され、今年になって、ようやく手にすることができた。名川の作品は、1998、1999、2000年度ヤング・ポートフォリオ(YP)にて15点を収蔵しているが、その表紙はヤング・ポートフォリオで収蔵した作品とは異なる表情をしている。YPの作品は、すべて中東イエメンで撮影されている。当時、イエメンの伝統的な建築と街に魅了された名川は、そこに住む人々の暮らし全体を包み込む時空間を表現しようと、さまざまな光、角度から、街の佇まいを捉えていた。イエメン独特の建造物が画面を満たし、大型カメラで丁寧に凝縮されたその空間は、異国の街の息づかいを生き生きと伝えている。
一方、「時空間の粒子」はまず、すべて国内での撮影ある。私自身も見覚えのある都内各所が多い。しかし主役は、ビルの隙間の先にスコンと広がる淡い水色の空や、空を映しながら穏やかに漂う水。写真のすべてが水のある風景なのである。河川敷のちょっとしたスペースに作られた公園、橋、港湾、護岸、運河、そしてリバーサイドのマンション群など、普段敢えて目を凝らして見ることのない風景が淡々と、しかし非常に緻密に切り取られ、繰り返されている。東京は、江戸時代から水を管理し、埋め立てることで成り立ってきたという歴史を持つが、それを普段の生活で意識することは少ない。一定のリズムの波に乗って、あるいは海沿いの風に乗って旋回する鳥のように、ページをめくる愉しさに浸った後、巻末のテキストを読んで知ったのは、名川が現在は建築写真家になっていたことや、川崎市水道局に勤務していた父親が、15歳の時に勤務中の事故で亡くなったことだった。生前よく父親は「川崎の水はうまい」と話していたという。
写真は、すべてが縦位置で、のびやかな目線が心地よい。8歳になる娘と一緒に百人一首の暗唱をしていたという名川は、ある河川敷で「水の中の粒子 空の先の銀河」という言葉がふと口をついて出たという。以来、撮影はその言葉に導かれて進んだ。
人は空と水に生かされて、命が育まれている。水路は都市の血管のように存在しているのに、普段はいっさい視界に入らず、その気配を消しているようだ。空間を埋める建造物から視線を切り離して、ようやく見えてくる空や水。写真家自身も父親となった今、大切に思う日々の暮らしと、水を巡るさまざまな風景とが重なり合い、織りなす美しい時間の粒子がそこに見えている。
・名川明宏(ながわ あきひろ)略歴
1971年、神奈川県川崎市に生まれる。1999年、日本大学大学院芸術学科映像芸術専攻修了。展覧会には、個展「イエメン 時の往来」(銀座ニコンサロン、1999年)、グループ展「第14回 ひとつぼ展」(ガーディアン・ガーデン、1999年)などがある。コレクション:清里フォトアートミュージアム(1998, 1999, 2000年度)