テグ・フォト・ビエンナーレに参加して
韓国・大邱(テグ)にて、テグ・フォト・ビエンナーレが2014年9月12日から10月19日まで開催された。テグは韓国第三の都市で、ソウル駅から電車で2時間。写真文化をリードする街として、2006年から始めた国際的なフォト・ビエンナーレは今回で5回目となる。
写真は、9月12日のオープニングでのスナップ。写真右からガーディアン・ガーデンのプランニングディレクター菅沼比呂志氏、ビエンナーレの展覧会「Origins, Memories & Parodies」に作品を出品した山本昌男氏、同じくLost & Found Projectを展示の高橋宗正氏(YP作家)、展覧会アソシエイト・キュレーターのモーリッツ・ノイミュラーのアシスタントを務めていた下西進氏(YP作家)、KMoPA山地、そして東京都写真美術館・学芸員の伊藤貴弘氏である。菅沼氏と私は9月13、14日の2日間で30名の写真家のポートフォリオ・レビューを行った。また、9月15日には、テグやその他の都市から集まった写真教育に携わる方々、学生・大学院生などを対象に、ヤング・ポートフォリオについてのスライド・レクチャーを行う機会をいただいた。
今回のビエンナーレのテーマは、Photographic Narrative (写真的な文脈)。メインとなる展覧会のテーマは「Origins, Memories & Parodies」で、日本からは山本昌男、Lost & Found Project、韓国からYP作家の若手ハン・スンピルなど、全32作家の作品が展示された。キュレーターはスペインのアレハンドロ・カステローテ。写真の歴史が始まってから、‘機械の目を通した客観的な記録’とみなされてきた写真の意味を新たに探ろうとするものだ。21世紀の文化的・社会的環境のコンテキスト内で起こっていることと、その原点となるもの、そして撮影されたもの(写真)の存在意義をテーマとして新しい解釈を提案する。写真が、いかに多様な機能や意味を持つものであるかを体感することができる。大型の作品が多く、非常に大規模な展示だ。別の会場にて報道写真家による「WOMEN IN WAR」展も開催されていた。その会場の一角にあったのは従軍慰安婦の作品展示。「真実の記憶」(Memory of Truth)とサブタイトルのプリントされた壁面には、等身大の若い女性のオブジェが一人だけ腰掛けている。絶えることのない痛みの深さを伝えていた。
ポートフォリオ・レビュー「ENCOUNTER」は、展覧会場とは別に、滞在していたホテルにて行われた。広い一室に韓国・海外が約半々の23人のレビューワーがおり、作家がポートフォリオを持って、20分ごとに異なるレビューワーの元に移動する。一人の作家が一日10人のレビューを受けることができる。レビューを受ける作家たちは、3人が日本から参加していた以外はすべて韓国国内から。年齢も幅広くキャリアも学生からプロまでさまざまだ。海外のレビューワーは、英語でレビューを行い、韓国語の通訳が入る。そのため時間はかなり限られるが、自分の作品について熱く語る作家が多いので、毎回制限時間いっぱいまで、こちらもがっぷり四つの取り組みとなった。1日に15人のレビューを2日間連続して行うという、ややマラソン的なスケジュールだったが、めくるめく個性の連続は、非常に楽しい時間だった。
レビューワーの中の長老は、何と言ってもウェンディ・ワトリスとフレッド・ボールドウィン。現在80代半ばという二人はヒューストン・フォトフェストの共同創立者であり、1998年にはKMoPAが主催した国際会議オラクルに出席するため、当館に来館している。カステローテも、レビューワーで韓国を代表する写真家のクー・ボンチャンとも、私にとってはオラクル以来の再会となった。ワトリスは、1960年代、すでにフォトジャーナリストとしてキャリアを始め、以来キュレーター、ライターとして国際的に活躍。写真家を発掘し、世に送り出すことへの尽きないエネルギーには胸を打たれる。2013年にKMoPAにて開催した「森ヲ思フ」展にて作品を展示した志鎌猛氏は、2009年にヒューストン・フォトフェストのInternational Discoveries IIに招待されており、ワトリスは、早くから志鎌氏の作品を高く評価していたのだ。志鎌氏の活躍が確実に広がりつつあることを共に喜んだ。
このENCOUNTERから選ばれる3?4人は、次回のビエンナーレにて作品を展示することができるシステムとなっている。また、海外のキュレーター、フォトフェスティバルのディレクター、ギャラリストらに作品を見せ、海外での発表の機会へつなげたいという意図で、多くの作家たちが申し込み、事前審査を経た作家たちは真剣そのものだった。もちろんギャラリストやキュレーターは作家とのまさにENCOUNTER(出会い、遭遇)を期待している。
ポートフォリオの中で最も多かったのは、韓国国境をめぐる作品だ。Youngchuel Jiによる地球上の38度線を撮影する壮大なプロジェクト“north latitude 38°”や、LIM Tae HoonによるDMZ(北朝鮮との軍事境界線)を見る観光ツアーのドキュメンタリー“Division Tour”、写真家自身が兵役に付きながら密かにカメラを持ちこんで撮影した作品、国境を流れる河を両側から捉えた中国の写真家SHEN Xue Zheなど、まず何よりも、この国の抱える日常的な緊張感の高さを強く感じた。
また、非常に繊細な伝統的な墨絵をイメージさせる作品などに技術的な高さを感じる一方、多くの女性が就職や結婚のために美容整形を受ける現状を取材したLEE Seung Hongのプロジェクトも衝撃的だった。あるいは、厳しい受験戦争を経て法学部へ進学したのに、写真家になろうとドイツへ留学し、両親を悲しませた自分自身の経験から制作した“THE GUILTY”(罪悪感)というJi Hyun KWONの作品は、街で偶然見かけた人に自分の経験(両親の期待を裏切った)を話し、彼または彼女にも罪悪感を感じることがあれば写真を撮影させて欲しいと依頼。後日室内にて、彼・彼女自身が罪悪感を感じていることを自身の顔に書いて撮影するというシリーズ。また、韓国の小学生が受験のためにスピーチ教室へ通ったり、バレエ・ダンス・サッカー・乗馬とさまざまな英才教育を受けさせる現状を撮影したSung Hee Jinの“BUSY KID”など韓国社会が抱えるさまざまな矛盾や違和感を捉えようとする作家が非常に多く、歴史と伝統を敬い、作品に取り込みながら、どのように時代や自己を表現するかという問題意識の高さを感じた。街中でのスナップが肖像権の問題からほぼ不可能という事情もあり、被写体との合意が得られるもの、セルフポートレイトなど、被写体を緻密に作り込む、場を作り上げるという方向へまずエネルギーが注がれる場合が多いのも韓国写真の特徴と言えるだろう。
2013年、2014年のソウルフォトにて当館学芸員・田村が行ったポートフォリオ・レビューをきっかけにヤング・ポートフォリオに応募し、残念ながら選ばれなかったという作家たちや、過去のYP作家イ・ドンウク(LEE Dong Wook) の新作 “WOZU”(本人に会ったのも初めて)をレビューすることが出来た。YP2014では選考されなかった作家たちも、非常にポジティブで、再度必ずチャレンジすると意欲満々。そして、イ・ドンウクは「実は10年前からこういう作品を撮りたかったが、当時はできなかった。」と本人が語るとおり、YPにて収蔵した作品を“原点”とすれば、そこから大きくジャンプし、スケールの大きさとクオリティを感じる作品に作家としての大きな成長を見ることができた。
最後に、ポートフォリオ・レビュー終了後に行われたレビューワーの投票で、最も多く票を得た4人の作品をご紹介する。2016年のテグ・ビエンナーレにおいて、彼らの作品が展示されるので、ぜひ会場に足を運んでみてはいかがだろうか。今後2年をかけて制作することができるので、さらなる展開が見られる可能性もある。