Yamamoto Masao: Bonsai – Microcosms Macrocosms
会期:2019年10月5日(土) ~ 12月8日(日)
1990年代より欧米を中心に活躍し、国際的に高く評価されている写真家・山本昌男(1957)。
自然の神秘性を追求し、人と自然が生み出す究極の美に挑んだ軌跡をたどる。
デビュー作から最新の<盆栽>シリーズまで、約170点による国内美術館初の展示。
清里フォトアートミュージアムでは、10月5日(土)から12月8日(日)まで、山本昌男「手中一滴」展を開催いたします。
写真家・山本昌男(1957)は、主に欧米を拠点に活躍している写真家です。モノクロームを基調とした静謐で深い表現性を湛えた独特のスタイルと、日本的で精神性の高い美しさは、継続して国際的な評価を受けています。
デビュー作の<空の箱>・<中空>は、独特の質感を持つ小さなサイズの写真を、アンティークの革鞄に、旅の思い出ように詰め込んだ展示や、絵を描くように壁に展示するなど、実験的なインスタレーション作品でした。その後山本は、一点一点の写真が深い心の対話を促す作風へと変化していきます。その根底には常に「人間は自然のほんの一部分であり、一体化した存在」という理念があり、身近な動物や植物、風景等、日常誰もが目にする自然のありさまや、見過ごされそうな小さなものを大切にすくいあげる作品を発表します。その写真は、超絶的といわれるモノクロ技法により、繊細な息づかいと緊張感を孕んだ美へと醸造されています。近作の<盆栽>シリーズは、小さな鉢のなかで、人の手と水によってのみ生きる盆栽を、八ヶ岳や富士山麓の雄大な風景の中に置いた写真です。
展覧会のタイトル「手中一滴」とは、山本による造語で、「一滴の露にも宇宙が宿る」という禅の教えに基づいています。山本の写真も盆栽も、人が自然と向き合う中に、人の手から絞り出されるように生まれた作品です。そこには人と作品と自然が織りなす究極の美を追求した世界があります。
本展では、デビュー作の<空の箱>・<中空>から<川><浄(しずか)>そして最新作の<盆栽>シリーズまで約170点を作家によるインスタレーションによって展示し、自然の神秘性を追い続けた山本の30年の軌跡をたどります。
■展覧会概要
デビュー作<空の箱>
山本は、愛知県蒲郡市の代々建築に携わる家に生まれ、 “ものつくり”の精神と、豊かな自然に囲まれて育ちます。 自ずと日常の中に美を見出し、写真や絵画などの表現活動に取り組むようになりますが、20代半ばに写真を自身の表現手段に選びます。
山本が、海外で活動を始めるきっかけとなったのは、1993年に発表した作品<空の箱>・<中空>シリーズでした。手のひらサイズの小さな写真を、旅の思い出のようにアンティークの革鞄に詰め込んだ展示や、絵を描くように壁に展示するなど 、写真によって空間全体を構成する実験的なインスタレーションは、 新鮮な印象をもたらしました。同時に、一枚一枚の写真が持つ古写真のような色合いと質感は、圧倒的な存在感を放っていました。日本人ならではの精神性、美意識を湛えたそれらの作品は、 すぐにアメリカのギャラリーよって見出され、欧米での発表へと繋がっていきました。
その後の展開と、影響を与えた考え方
やがて山本は、集合的なインスタレーションから、一点一点をフレームに入れ、より深くイメージとの心の対話を誘う作品へと変化していきました。「人間は、自然のほんの一部分であり、一体化した存在」という信念のもと、身近な動物や植物、風景など、日常誰もが目にする自然や、見過ごされそうな小さなもの、些細な出来事を大切にすくい上げていく作品を次々と発表。超絶的と言われるモノクロ技法により、繊細な息づかいと緊張感を孕んだ作品へと醸成させていったのです。
山本に大きな影響を与えたのが、「積極的受動性」という 禅の教えでした。「世界(自然)と一体化する安らかな感覚を知ったとき、森羅万象に対する敬意と謙虚な思いが自ずと生まれ、地球上も宇宙も含む全ての感性の中に包み込まれる。」山本が写真を撮る際に研ぎ澄まそうとしたこの境地への憧れが、洋の東西に関わらず多くの人が山本の写真に惹かれる理由かもしれません。
最新作<盆栽>
2012年、山本は、森で命を終えた木の根をスタジオで撮影し、それらの“形相”と向き合ったシリーズ<浄(しずか)>を発表します。闇を背景に、写真家の創り出す光のみによって 再び命を吹き込まれ、静かに語り始める枯れた木の根 ー そこでは山本の静謐で詩的なイメージの世界がより深まっていきました。
さらに、山本は、それまでの説明的な部分を削ぎ落としたイメージから一転して、雄大な実景の中に盆栽を置いて撮影するスタイルへと移行していきました。山本は、盆栽の魅力について「盆栽と同じ空間で時間を過ごすうちに、盆栽が場にもたらす極めて強い緊張感がやがて感動に変わり、そして心に平和がもたらされた」と言います。小さな鉢の中で、人の手と水によってのみ生きる盆栽。盆栽は、それ自身が盆栽師の手によって完成された世界を持つ芸術作品であり、それを自身の作品として写真に表現することは、非常に大きな挑戦でした。
一般的に、盆栽は、庭園内や床の間にて鑑賞されるものですが、山本は盆栽を八ヶ岳の“大舞台”に連れ出し、星空や雪山とともに、また夜明けの富士を抱く風景の中に置くなど、丹念に作り込まれた造作と雄大な実景とを一枚のフィルムに収めて行きました。優れた撮影技術に支えられた盆栽像は、時に荒々しく、また緊迫感を孕み、かつてない盆栽によるシュルレアリスムを提示するものと言えるでしょう。
「手中一滴」とは
曹洞宗の開祖道元は著書『正法眼蔵』に「一滴の露にも全宇宙が宿る」と記しました。また、禅には一滴の水も無駄にしないための「一滴水」という言葉も存在します。一方、本展タイトルの「手中一滴」とは、山本による造語です。「盆栽の命のもととなるのは一滴の水。手の中からぎゅっと絞り出すものという点では、盆栽も写真も同じ。どちらも自然と向き合いながら、人の手が造り上げた“世界”なのだから。」長年にわたり身近な自然をモチーフとしてきた写真家が、盆栽のなかに、人と自然の関係が織りなす究極の美を見出したことから<盆栽>シリーズは生まれました。そして、小さな盆栽が象徴する小宇宙に大宇宙が凝縮された世界 ー その本質を「手中一滴」という独自の言葉に表したのです。
■展示作品(シリーズ)
<空の箱>・・・・・・・・約100点
<中空>・・・・・・・・・19点
<川>・・・・・・・・・・23点
<浄(しずか)>・・・・・13点
<盆栽> ・・・・・・・・・15点
全約170点
■山本昌男略歴
1957年、愛知県蒲郡市に生まれる。祖父は寺の鐘撞堂の彫刻を請け負うほどの名大工。代々建築に携わる家系に生まれ、”ものつくり”が日常の環境で育つ。それ故、美を追求することが自分の生きる意味であると感覚的に掴んでいた。16歳でカメラを購入して撮影を始める。その後、油絵にも取り組むが、最終的な表現手段として写真を選ぶ。1993年、写真作品の発表を始めるとすぐに、アメリカより来日したディーラーによりアメリカ各地の画廊へ作品が紹介され、1994年サンフランシスコでの初個展を皮切りに、欧米各地での発表を活発に行っている。作品は、ゼラチン・シルバー・プリント技法が中心。古写真のような色合いと質感は、日本人ならではの精神性、美意識と高く 評価され、ニューヨーク・タイムズ他、欧米のアート誌などのメディアへも多数掲載されている。2007年、横浜市より山梨県北杜市に移住。アメリカのNazraeli Pressより写真集『空の箱』(1998)、『中空』(2001)、『わかばのみち』(2002)、『オオミズアオ』(2003)、『ゑ』(2005)などを刊行。2014年、作家活動40年の集大成となる写真集『小さきもの、沈黙の中で Small Things in Silence』を青幻舎/スペインのEditorial RMとの共同出版にて制作し、日本国内にて初めて出版した。2018年、モスクワのマルチメディアアート美術館にて開催された「Yamamoto Masao. Photography」展には、2ヵ月間に約48万人が訪れた。海外のアート・コレクターに多くのファンを持つ。本展開催と同時に、盆栽作品の写真集『手中一滴』(T&M Projects)が発刊される。
■見どころ
■世界を魅了する“盆栽”とは
山本が撮影した盆栽は、すべて盆栽師・秋山実(1979)氏によるものです。秋山氏は、当館の位置する北杜市に隣接する韮崎市にて「秋山盆栽園」の代表を務め、史上最年少で盆栽界最高峰の内閣総理大臣賞の受賞をはじめ、数々の賞を受賞。内外でのデモンストレーションやワークショップを通して盆栽の普及・発展に尽力する若手盆栽芸術家です。
盆栽とは、鉢の中で植物を育てることですが、鉢の中に盆栽師の美意識と感性を加えられたものが芸術品として完成された盆栽となります。その極意は、自然よりも優れた理想の世界を創り出すこと。本展会期中、①山本の<盆栽>作品を前に、作り手と写真家、盆栽をめぐる二人の表現者がトークを行う「アーティスト・トーク」②実際に盆栽を作る「盆栽ワークショップ」を開催いたします。詳細は次ページをご覧ください。
■ドキュメンタリー上映:山本作品に対する欧米のギャラリー、コレクターの評価
山本昌男は、欧米の15ものギャラリーにて作品を販売し、アーティストを生業としている数少ない日本人写真家のひとりです。欧米のギャラリーは、山本をどのような作家と評価し、コレクターは山本作品のどのようなところに魅了されてプリントを購入しているのか。日本では、写真をはじめ、アートを買う習慣が未だ一般的なものとはなっていない現状のなか、 山本のキャリアに興味を持つ日本の若い写真家たちが増えています。山本の作品を取り扱うギャラリーやコレクターを取材した本ドキュメンタリーから、アートと生活が密着した欧米の活発な写真文化を垣間見ることができるでしょう。館内にて上映いたします。(約10分)
■会期中の無料デー
- 11月8日(木)・・・八ヶ岳の日
- 11月20日(日)・・・山梨県民の日
■会期中のイベント&ワークショップ
■アーティスト・トーク+盆栽ワークショップ
■日時:10月26日(土)
トーク13:00~13:50 ワークショップ14:00~16:00
なぜ<盆栽>の撮影に至ったのかをはじめ、盆栽の作り手と写真家、二人の表現者が盆栽の奥深い魅力をめぐってトークを展開します。ワークショップでは、実際に盆栽の作り方を秋山氏にご指導いただきます。
■出演:山本昌男(トークのみ)、秋山 実
■トーク参加費:入館料のみ / 友の会・会員は無料 / 予約不要
■盆栽ワークショップ参加費:3000円(入館料、材料費を含む)/ 要予約 定員10名
●<ご参考>オリーブを題材とした盆栽の制作過程
(ワークショップ当日はオリーブまたは桜を使用します)
■プラチナ・プリント・ワークショップ
プラチナ・プリントは、古典技法のひとつで、優美な色調と高い保存性が特徴です。当館では、<永遠のプラチナ・プリント>を基本理念のひとつに掲げており、作品の収集だけでなく、技法の継承を目指して、毎年プラチナ・プリント・ワークショップを開催しています。フィルムを使用し、手作りの印画紙に写真を焼き付け、現像するという写真の原点を体験することで、写真の新しい見方や、表現世界の広がりを得ることができるでしょう。「暗室作業は初めて」という方も「作品制作に取り入れたい」という方にも、細江賢治講師が丁寧に指導します。
■日時:11月9~10日(土・日、2日間) *今回は都合により中止となりました*
*当館が収蔵するプラチナ・プリント作品の鑑賞、館内スタジオでのポートレイト撮影を含む
■講師:細江賢治(写真家)
■参加費:30,000円(入館料を含む)友の会・会員は27,000円 定員8名
■次回展示
「2019年度ヤング・ポートフォリオ」
会期:2020年3月20日(金・祝)~6月21日(日)